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COMECONが解散 1991年6月28日

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写真: COMECONが解散 1991年6月28日

写真: 第二次バルカン戦争勃発 1913年6月29日 写真: 松本サリン事件 1994年6月27日

【COMECON】
ソ連と東欧諸国で構成する経済相互援助会議で、第二次世界大戦後に、アメリカ合衆国政府が行ったマーシャル・プラン(アメリカ合衆国が推進した復興援助計画)に対抗し、1949年にソビエト連邦主導のもと、東ヨーロッパ諸国を中心とした共産主義諸国(東側諸国)の経済協力機構として結成された。
「COMECON」は西側の通称で、(Council for Mutual Economic Assistance の略)、日本では「コメコン」と呼んだ。

当初加盟国:ソビエト連邦、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアの6ヶ国で発足。
ひと月遅れて加盟:アルバニア
1950年に加盟:東ドイツ、1962年にモンゴル
1972年に加盟:キューバ
1978年に加盟:ベトナム

一方、1962年にはアルバニアが事実上の脱退をし、最終的に加盟国は10ヶ国になっていた。

準加盟国:ユーゴスラビアが準加盟国
非社会主義協力国:フィンランド、イラク、メキシコ
オブザーバー:アンゴラ、エチオピア、南イエメン、モザンビーク、ラオス

中国、北朝鮮もオブザーバーを送っていたが、中国は中ソ対立の影響で、北朝鮮もチュチェ思想に基づいた独自の社会主義路線を取り、両国とも1962年を最後に会議に参加しなくなった。


COMECONは、1989年の冷戦終結に伴って東欧革命が始まり、1991年6月28日に解散した。



【COMECCO】
東欧諸国との経済格差、技術格差が大きくなり、社会主義計画経済が行き詰まりを見せ始めた1973年、日本では江崎グリコから「COMECCO(コメッコ)」が発売された。
コメッコの発売には、米所秋田県出身の桜田淳子さんを起用するコマーシャル・プランの検討が行われ、実現に至っている。
https://www.youtube.com/watch?v=CN2Bx5nTHo4

「コメッコ」はお菓子の名称だが、一般に「AMKSA](Akitade Meishinoatoni Ko wotsukeru Shukanga Arundayo)の通称で呼ばれることは絶対に無い。

COMECCOの販売不振に伴い、社内では商品構成の見直しが始まり(憶測)、2010年 10月から販売を休止した。


・・・しかし、販売休止の間、消費者から復活を希望する声が多数あり、2011年11月より 一部チェーン店や北海道 ・ 東北地区での販売を再開した。その結果、販売休止前に比べ売り上げが約6倍になるなど、大変好評だったことから、2012年7月24日(火)より、首都圏地区での本格販売を開始している。

特徴は、お米を香ばしく焼き上げたサクサク食感、しょうゆとホタテ風味が絶妙なバランス、気軽に食べられる食べ切りサイズで30 〜 40代の男女を対象にしている。



今回復活にあたっては、大人の方を意識したパッケージデザインに変更したり、香ばしい味に改良するなどリニューアルしております。(同社広報)












写真は、秋田県内の「米っこ」のたんぼ。

秋田弁では、名詞のあとに「っこ」がつく呼び名が多い。

犬:「犬っこ」
飴:「飴っこ」
お茶:「茶っこ」
風呂の湯:「湯っこ」
どじょう:「どじょっこ」
鮒:「鮒っこ」
沢庵:「がっこ」
その他多数。

我が家では、
ハムスター:「ハムっこ」
小学校:「小がっこ」
中学校:「中がっこ」
最近、勢いが減り、時間が増したもの:「おしっこ」
などがあるが・・・

しかし、「淳子さん」は「ズンコさん」となる。


これ以上書くと、カミさんに張り倒される。

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