塩竈:災害鍼灸マッサージプロジェクト5月2日 寒風沢(さぶさわ)で言葉を失う
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寒風沢(さぶさわ)の田んぼに流れ込んだガレキ。
2日、連絡船で寒風沢につくと迎えの軽トラックが来ていた。連絡船で運ばれた支援物資を積み込み、空いたところに我々も乗り込む。軽トラックの荷台に乗るのはめったにできる体験ではない。災害鍼灸マッサージプロジェクトのメンバーも少々はしゃぎ気味。津波被害のみえない道、避難所までのドライブは快適だった。
避難所の廃校の体育館には先発隊が設置した治療スペースがすでにできていて、患者さんも2人待っていた。治療家は4人いたため、治療家2人は避難所リーダー島津功さんに案内され、島津さん宅へ。そこで言葉を失った。津波から一ヶ月以上たっていたが、離島のガレキ撤去は手付かず状態。島民が独力で片付け、かろうじて軽トラックの通る道路だけを確保していた。
ガレキ撤去ボランテイアとして同行した正道カラテの道場主2人も呆然と立ちつくす。
同行した若手、竹本先生はガレキ撤去を手伝うことになった。ほんの一部だけが残った島津さん宅1階のガレキ撤去がはじまった。
昼食時に戻ってきた正道カラテの道場主は憔悴しきった顔でつぶやいた。
「1万分の1も片付いたかどうか。」塩竃は名物の寿司屋さんもぼつぼつ営業を再開していたが、離島はまだまだだ。
5/23加筆
島には一般ボランティアが送られていなかったのですが、20日頃から一般ボランティアを送るように塩竃社協も方針転換したようです。
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