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八王子城(八王子市)詰城?

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Photos: 八王子城(八王子市)詰城?

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まちがっても天守ではないよー┐(゜∀゜≡゜∀゜)┌ ないよー?





八王子城跡1(八王子市)
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?owner_id=32815602&album_id=500000086461413

2013年09月11日 01:27
小田原北条氏の本拠 小田原城の支城。
関東の西に位置する軍事拠点。
城名の由来は→
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?owner_id=32815602&album_id=500000086091932
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?owner_id=32815602&album_id=500000086093529
築城、天正15(1587)年頃
※天正18(1590)年、北条征伐により滅亡後、関八州に移封させられた家康によって廃城とされる。
日本100名城のひとつ。
「RDG-レッドデータガール-」に登場するd(´ε`)


八王子城は標高445m(比高約240m)の深沢山(現在の城山)に築城された典型的中世山城。
縄張りは、北浅川・南浅川に囲まれた東西約3km、南北約2~3kmの広大な範囲に及び、山の尾根や谷など複雑な地形を利用し、いくつかの地区に分けられていた。
山頂に置かれた本丸、
松木・小宮曲輪など何段もの曲輪を配置した要害地区、
城山川沿いの山腹に御主殿と呼ぶ館を構え、
その東側にアシダ曲輪で防衛している居館地区、
城山川に沿った麓に城下町を形成した根小屋地区、などで構成されていた。
周辺にはいくつもの砦を配し、それらを結ぶ連絡道の要所には、深い堀切や竪堀、兵舎を建てるための曲輪などが造成されていた。とくに居館地区の南側尾根にある太鼓曲輪は5つの深い堀切で区切り南側を石垣で固めるなど、容易に尾根を越えられない構造となっていた。城全体が余りに広大であったため、落城時には未完成であったと言う説さえある。
城下町には、武家屋敷のある中宿、刀剣鍛冶職人の居住区である鍛冶屋村に加え、滝山城下から移転した商業地区の八日市・横山・八幡三宿があった。また出城には、搦手の防衛線を形成する浄福寺城(案下城)、小田野城の他、初沢城などがあった。

※八王子市が管理する現在の「八王子城跡」の範囲には、太鼓曲輪尾根の南斜面を含む南部のエリアなどが含まれておらず、各所に霊園や私有地も入り組んでいるため、史跡としては実際よりかなり狭い範囲に限定されている。
(住宅地の側にも多くの遺構を確認することができる。)



城主、北条氏照――
後北条氏3代 氏康3男。天文9(1540)年生まれ。
父生存中は主に東方を担当して里見氏などと合戦している。また青梅の辛垣城(からかいじょう)を攻め、上杉方 三田綱秀を打ち滅ぼし、三田氏を終焉させている。武勇智略は兄弟随一。「如意成就」(如意とは思いのままという意味)と刻まれた龍の印象を用いていた。本家は虎。
氏照ははじめ大石氏の滝山城に拠っていた。永禄2(1559)年、滝山城主 大石定久の娘 比佐を娶り、養子縁組をして大石源三氏照と名乗り、家督を譲られている。

永禄10(1568)年、小田原攻撃に向かう甲斐武田軍 小山田信茂(木曾源氏後裔)の軍勢が小仏峠を越え滝山城へ侵攻。氏照は横地監物吉信、中山勘解由家範らに迎撃させたが、高尾山麗の廿里(現 八王子市廿里町。廿里古戦場)にて敗退。その後、余勢を駆って押し寄せた武田勢に攻められ、滝山城は三の丸まで陥落させられた。氏照は二の丸で指揮をとっていたといい、このとき氏照と武田勝頼が槍をあわせたとも伝わる。
最終的には武田軍に滝山城の攻略を断念させている。武田軍は小田原城へ進軍している。
氏照は、このとき滝山城の防衛の限界を感じ、織田信長の築城した安土城を参考に石垣で固めた山城構築を行い、本拠を滝山城から移した。
滝山城は広大かつ多くの角馬出や内枡形を備えた近世的な平山城だったが、山城である八王子城に移ったことで氏照は時代に逆行したとも評される。しかし、八王子城は一般的な山城のような尾根と堀切を利用した縦深防御に加え、侵入してくる敵に対しいたる所から側射がかけられる仕組みとなっていた。織豊系城郭と比較するとかなり独特ではあるが、より近世的な戦術が志向されていた。
(以降小田原征伐→)





八王子城跡2(八王子市)
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?owner_id=32815602&album_id=500000086461604

2013年09月11日 01:46
下山後、低層域を巡回┌( ・_・)┘トコトコ


●小田原征伐軍――
豊臣側――秀吉、徳川家康、織田信雄、蒲生氏郷、黒田官兵衛、豊臣秀長、宇喜多秀家、立花誾千代、細川忠興、小早川隆景、吉川広家、堀秀政、池田輝政、浅野長政、石田三成、長束正家、立花宗茂、大谷吉継、石川数正、増田長盛、高山右近、筒井定次、蜂須賀小六、大友義統、大友宗麟、加藤清正、福島正則。約17万。
水軍――長宗我部元親、加藤嘉明、九鬼嘉隆、脇坂安治。約1万。

北方隊――前田利家、上杉景勝、真田昌幸。約3万5千。
推定総計約21万。

小田原北条家諸将――小田原城北条氏直、北条氏政、北条氏照、成田氏長、北条幻庵、垪和康忠、松田憲秀、笠原政晴、笠原政尭
その他――松田康長(山中城)、成田泰季(忍城)、北条氏規(韮山城)、大道寺政繁(松井田城)、北条氏邦(鉢形城)


●八王子城合戦――
天正18(1590)年7月24日(旧暦6月23日)、八王子城攻めは前田利家・上杉景勝・真田昌幸らの部隊1万5千人。
城主氏照ほか家臣は小田原城へ集められており、八王子城には城代 横地監物吉信、家臣 狩野主善一庵、中山勘解由家範、近藤出羽守綱秀らわずかの将兵ほか、領内から動員した農民・婦女子を主とする領民約3000人が立て籠っていた。
豊臣側は前夜のうちに霧を縫い、主力が東正面の大手口(元八王子町)・北側の絡め手(下恩方町)の2方向より侵攻、力攻めにより早朝には要害地区まで守備隊を後退させた。その後は激戦となり1000人以上の死傷者を出し、一時攻撃の足が止まった。そののち、絡め手側別働隊の奇襲が成功、この日に城を落とした。
氏照正室 比佐をはじめとする城内の婦女子は自刃、あるいは御主殿の滝に身を投げ、滝は三日三晩、血に染まったと伝えられている。
城代の横地監物は落城前に檜原村に脱出したが、小河内村付近にて切腹。
秀吉の命で、このときに刎ねた多数の首を小田原城へ送りつけている…。
秀吉は皆殺しにせよと命じた。
利家はまつ宛(?)の書状に、八王子城は堅城にて時間がかかりそうだと記している。


●最期――
降伏のち、7月7日から9日にかけて片桐且元、脇坂安治、榊原康政が小田原城受け取りに当たった。
7月9日、主戦派とされた氏政、氏照は最後に小田原城を出て番所に移動。
7月11日、康政以下検視役が見守る中、氏規の介錯により切腹。内通の手引きをした松田憲秀、早々に降伏して主家を裏切った大道寺政繁も切腹を命じられた。
氏政享年53、氏照享年51。
兄ふたりの介錯を務めた氏規は、追い腹を切ろうとしたが果たせず。氏規と5代氏直は家康と昵懇(氏規は家康の駿府人質時代の旧知、氏直は家康の娘婿)が故に助命され、紀伊国高野山へ追放となった。

氏政辞世の句――
「雨雲の おほえる月も 胸の霧も はらいにけりな 秋の夕風」
「我身今 消ゆとやいかに おもふへき 空よりきたり 空に帰れば」


氏照辞世の句――
「吹くと吹く 風な恨みそ 花の春 もみじの残る 秋あればこそ」
「天地(あまつち)の 清き中より 生まれきて もとのすみかに 帰るべらなり」





八王子市巡回済物件→ https://ameblo.jp/meth-spriggan/entry-11621799868.html

東京都多摩地域巡回済物件写真→ http://photozou.jp/photo/list/650854/8048037
同アルバム内「八王子城」以下から63枚
八王子城(東京都八王子市)ガイダンス施設前 城跡碑 http://photozou.jp/photo/show/650854/241797158

巡回マップ→ https://drive.google.com/open?id=1R4XypRQkukWqeMjV4iYMfYBsHBM&usp=sharing



※13.09.10.登城時間……
13:12八王子城P
―― ガイダンス施設13:28
13:45金子丸
14:00絶景ポイント
14:01頂上?
14:11本丸跡
14:22松木曲輪出
14:26小宮曲輪済~下城開始
14:45下城~居館エリア
15:09御主殿の滝出
15:17終了(1H49M)


20.04.07.登城時間……
11:50八王子城搦手道
12:12松嶽稲荷
12:24搦手虎口
12:28登城開始14:51
── ようやく折れたら急坂
12:50旧道分岐
12:51柵門跡
── 搦手道、山入ってからは遺構皆無
13:00景観ポイント14:31
13:13詰城へ14:27
── ずっと犬走りのち大堀切
── のちずっと尾根郭
13:29~33同じ郭
13:37天守?通過
13:42大堀切?
13:55富士見台着
14:00下山開始
14:27松木郭下
14:51下城・車復帰(2H23M)

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