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真如寺(木更津市)真里谷信興墓

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写真: 真如寺(木更津市)真里谷信興墓

写真: 真里谷要害城(真里谷城。木更津市) 写真: 真如寺(木更津市)

18.03.14.
天寧山 真如寺
宗派、曹洞宗
本尊、?
開基、武田三河守信興
開山、密山正厳禅師
創建、寛正5(1464)年

上総武田氏菩提寺。真里谷信興墓。


巡回マップ→ https://drive.google.com/open?id=14zVB7XrB0PEC_mRyP1GxYJ_VHRU&usp=sharing


真里谷信興――
まりやつのぶおき。永享5(1433)年?~永正8年6月24日(1511年7月28日)。
武田信長の孫、武田信高(伊豆千代丸?)の子。真里谷信勝、真里谷信清の父。
通称 八郎五郎。官位(官途名?)は三河守。法号 道鑑。
信長は子の信高を庁南城に置き、自身は真里谷城に孫の信興と共に拠り、真里谷家を興す。
事蹟は祖父信長の在世時から確認できる。
祖父と父が亡くなった後は、弟の庁南武田道信と共に上総の両武田と称される存在だったとある。
文明11(1479)年、太田道灌が千葉自胤を擁立し、千葉孝胤など古河公方側の将を討伐するために上総侵攻を開始。上総武田氏も攻撃を受けた。信興は道信と共に抵抗したが、道灌の攻勢の前に投降したが、道灌の勢力が衰えると自胤が武蔵へ撤退したため勢力を保つことができた。
永正8(1511)年死去。真如寺殿照堂道鑑大居士。

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