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深見神社境内の倉稲魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りする稲荷神社と、本土防衛に散華された御英霊を祀る靖国社

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Photos: 深見神社境内の倉稲魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りする稲荷神社と、本土防衛に散華された御英霊を祀る靖国社

Photos: 境内にある 御神木なんじゃもんじゃの木(樹齢約五百年の はるにれ) Photos: 深見神社 参道

■画像左側のお社(お稲荷さま)が、
女神であらせられる倉稲魂命(うかのみたま のみこと)=宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りする御倉稲荷神社(みくらいなりじんじゃ)です。

倉稲魂神(うかのみたま のかみ)は、
御稲御倉神(みしね の みくら のかみ)とも呼称されますし、
「日本書紀」には保食神(うけもち のかみ)として登場されます。
「古事記」では大気都比売神(おほげつひめのかみ)として登場されます。
伏見稲荷大社の主祭神であり大変有名です。


倉稲魂神は米や麦、大豆など食物に深く関係する穀物食物の神であり、
そこから生じた食物を天照大御神は民に必要なものとして地上の民にお与えになられます。

日本に弓を引くテレビなどのいかがわしい情報媒体や、
如何わしい人々が、
稲荷神社の眷属たる御狐が祟るなどといふ大嘘をまことしやかに繰り返し吹聴しており、
神社にお参りする恐怖心を人々に刷り込み植え付けようとしていますが、
くれぐれも騙されないようにご注意ください。
倉稲魂神は祟り神ではございません。
そのお社を守る眷属である御狐様も祟り神ではございません。

そもそも、
倉稲魂神をお祀りする社に居らっしゃるみ狐は人間に恩恵を与えてくださる倉稲魂神のお遣いの者です。
さらに、倉稲魂神よりも上位にいらっしゃる天照大御神が、
その恩恵をお授けになると宣言しているのに、
その御意向に反し下々の神や眷属が人間に悪さなど出来るはずないことは道理で考えても瞭然です。

神社に対して破壊行為のような、
不埒なことを行う不逞に対しては、
神もその眷属もその報いを与える存在となりえましょうが、
お参りに行ったり、お参りに行かない程度のことで祟るはずありません。
そもそも人々に恩恵を与えてくださる存在なのです。

お話は変わりますが、
食事でいただく美味しいお稲荷さんは、
炊いた大豆を米麹で発酵してつくられる醤油と砂糖で甘辛く煮漬けた油揚げ(=大豆でから作られる豆腐を薄く切って揚げたもの)の中に、
炊き上げて調味したご飯を包み入れて供するものですが、
その食材は日本神話に登場する倉稲魂神と関係深いお米、大豆そのものでございます。
私たちは日々その恩恵を受けています。



以前、麻生区の月読神社をご紹介した際に解説しました月読命(つきよみのみこと・つくよみのみこと)に剣で刺し殺されてしまう神が、
こちらの保食神(うけもち のかみ)=倉稲魂神(うかみたまのかみ)です。

天照大御神(太陽神)は、保食神を殺めた月読命(月の神)に対してお怒りになられて、
「汝は悪い神だ」と月読命に仰られ、
それ以来天照大御神は月読命にお会いになられなくなり、「日」と「月」は一日一夜隔てることになったとされます(日本書紀)。

「日本書紀」のなかで月読命が保食神を刺し殺し、食物が生まれるお話は、
「古事記」のなかでは役者が異なり、
古事記では、須佐之男命(すさのおのみこと)が大気都比売神(おほげつひめのかみ)を殺す形で語られています。
やはり殺された大気都比売神のお身体から、稲、粟、小豆、麦、大豆が生まれております。

記紀それぞれの中で同じ役回りをもつ月讀命と素戔嗚命は異なる神ですが、
殺されてしまう方の保食神と大気都比売神は名は違えど同一の神とされております。

稲荷神社には大気都比売神としてお祀りされていたり
倉稲魂神としてお祀りされていたりしますが同じ神様です。





■右側のお社が、
先の大東亜戦争で、赤を内包する西欧の植民地主義諸国によるアジア侵略からアジアと日本をお護り下さり散華された英霊をお祀りする靖国社です。

日本は敗戦して、
赤を内包する戦勝勢力によって濡れ衣を着せられ悪者に仕立て上げられてしまいましたが、
私たちやアジア圏内の国々の民が現在家畜のような奴隷状態になく、
更に、こうして日本国民が国境で切り刻まれていない祖国を当たり前のように享受できるのは、先帝陛下であらせられる昭和天皇と英霊方々が祖国防衛を主眼としてアジア諸国も防衛すべく尊い犠牲を払って戦つてくださったからです。

こちらの靖国社は元々厚木航空隊内の守護神として同隊で散華された英霊方をお祀りしていたお社でしたが、
残念なことに日本は敗戦してしまいましたので、
日本を占領した戦勝勢力により、取り除きを命じられる憂き目に遭い、
こちらの深見神社に移築することになりまして、
深見地域の戦没者全員も合祀し、
昭和26年4月7日に鎮座祭を執り奉り、晴れて深見神社の摂社となりました。

一時は厚木航空隊内から取り除かれる酷い境遇に陥りましたが、
結果として、
大勝利により国譲りを成し、神武東征の一助も見事に果された、
無双の武神であり偉大な天津神の一柱であらせられる建御雷神(たけみかずちのかみ)、
そして、
建御雷様と同じく天之尾羽張神(あめのはばおりのかみ=伊邪那岐命の剣)から誕生された闇龗神(くらおかみのかみ)といった神々をお祀りする深見神社の摂社となったのは救いであったと思います。

散華され神様になつた英霊方に於いても、
建御雷様をお祀りする深見神社の摂社として祀られることは、
非常に名誉なことであると思われます。

少なくとも日本人であり参拝者である私の気持ちはその事実で救われます。

もしかしたら、
散華された御霊が深見神社の摂社としてお祀りされる運びとなったのは、
天から一部始終をご覧になられていた天照大御神(あまてらすおおみかみ)の思し召しやもしれません。

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