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Tlalhuicole500

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写真: Tlalhuicole500

写真: 陛下といっしょ 写真: 年賀絵2016(サル訂正)

【トラウィコレ Tlalhuicole 1497ー1518】
アステカの宿敵トラスカラ族の勇士。
トラスカラはアステカの長年の宿敵で、2国の間では、何度も戦争が行われていた。
トラウィコレは高名な戦士だったが、ある時、不覚にもアステカの捕虜になった。
当時、捕虜は生贄として死ぬさだめ。しかし、あまりの勇猛ぶりに、アステカ第9代君主モクテスマ2世は、例外的に彼を助命し、自由にしようとした。
だが、トラウィコレは、誇り高き戦士。捕虜になった以上は、戦士たるもの、生贄になる宿命を潔く受けいれるべきとし、頑として受け付けなかった。
モクテスマ2世は、タラスコ(プレペチャ)との戦のさいに、トラウィコレに従軍させた。トラウィコレは名誉の戦死を望んだが、大活躍して戻り、モクテスマ2世は富を得た。
モクテスマ2世は、再び、トラウィコレを自由にしようとしたが、トラウィコレはやはり、捕虜になった者として、慣習に従っての死を望んだ。
モクテスマ2世は彼のために、盛大な供儀の儀式を行った。
これは、生贄となる戦士の腰(または足首)を縄で大きな丸い石に結び付け、木の武器を与え、完全武装の戦士たちと戦わせるという、伝統にのっとった供儀であった。
トラウィコレは、木の武器で、アステカの戦士たちを8人も倒したのち、堂々と果てたという。
捕虜となったら運命を受け入れ生贄となって潔く散る、アステカから見て「敵ながらあっぱれ」の戦士の物語。
1519年にスペイン人がくるので、その直前に死んだ勇士だったようです。
トラスカラ族といえば、スペイン人と手を結び、アステカを滅ぼした部族ですが、トラウィコレが生きていたら、どんな活躍をしたのでしょう。

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