2008_0917_D200_000統合(1)諏訪原城跡-tr-s

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●諏訪原城● すわはらじょう
 諏訪原城は永禄12年(1569)に信玄が金谷台地に諏訪原など五砦を構えたのが始まりである。 しかし、徳川軍により諏訪原砦は攻略された。
その後天正元年(1573)高天神城 奪取を目指す武田勝頼は中継地点として馬場信房に命じ再び築城。この頃に現在の遺構にみられる大規模な城にしたようである。
 長篠・設楽原の戦いの直後、天正3年6月、徳川軍は諏訪原城を囲み約2ヶ月後、城兵はついに夜中に諏訪原を捨て 小山城へと逃げていった。
 徳川家康は城名を牧野原城と改め、その後天正18年の徳川氏関東移封まで、駿・遠両国境の守りとしての役目を担い、廃城となった。

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