赤間神宮

赤間神宮
文治元年(1185)、源平合戦の最後、わずか8歳で壇ノ浦で沈んだ安徳天皇を祭った神社です。

元々は「阿弥陀寺」というお寺でしたが、
明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され神社となって「天皇社」と改称。
後に「赤間宮」(官幣中社に列格)、「赤間神宮」(官幣大社に昇格)と改称されました。

西日本唯一の「御陵」。
(お墓自体はこの左隣にあり、中には入れません)

【下関/赤間神宮】
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コメント (9)

  • 激写隊長
    日本には怨霊信仰があるので例え敵方になってもきちんと御祭りして、霊安らかなれと願うのですな。。。

    近隣他国は儒教の影響が濃いので死者を鞭打つという習慣が未だに残っていますね。。。
    悲しいかな靖国問題もその延長です(-_-;)
    敵はいつまでたっても、例え死者でも敵なのですなぁ。。。

    横道にそれてしまいましたが、平氏所縁の寺社は綺麗な赤系が多いですね~?
    2009年2月27日 05:47 激写隊長 (56)
  • グランパ
    斜めからの全体を捉えた

     上手い切り取りです。
    2009年2月27日 11:39 グランパ (2)
  • ちづ(ゆるーく活動中ナリヨ。)
    ◆激写隊長さん、コメント&☆ありがとうごさいます^^

    国民性だったり、過去の母国の歴史だったりも大きく関わっていますよね。
    万の神がいたり、家の中に仏壇と神棚が同居したり、
    他国から見た日本は、宗教的に変わった国なのかもしれません。
    そのせいか、信仰心も他国に比べると、かなりゆるいですしねぇ。

    靖国問題も含め宗教観の絡む問題は、ずっと平行線をたどるのでしょうねぇ。
    ほんと、悲しいですけれど。。

    この水天文の脚の白さが、更に朱を引き立てていました^^


    ◆グランパさん、はじめまして! コメント&☆ありがとうごさいます^^

    お褒め頂き恐縮です^^;
    欲張りなので全体をどうしても収めたくて色々と撮っていたら
    この角度が一番きれいに撮れました^^
  • ちづ(ゆるーく活動中ナリヨ。)
    ◆小太郎さん、☆ありがとうございます^^
  • 気さくな人
    いつだったか、屋外に回廊が設営されたのを見たことがあります
    大晦日?
    ワタシの中でも「リアル竜宮城」です(笑
    2009年3月1日 00:57 気さくな人 (10)
  • ちづ(ゆるーく活動中ナリヨ。)
    ◆気さくな人さん、コメントありがとうございます^^

    それはひょっとして先帝祭かな?
    毎年安徳天皇の命日5/2(旧暦で3/24)から5/2まで開催される追悼行事です。

    メインは5/3で、水天門から拝殿に向かって天橋が設置され、
    絢爛豪華に着飾った官女が市内を黒塗り木履で外八文字
    (外から内へ8の字を描くような足運び)で練り歩き、
    赤間神宮の天橋を渡って御陵に参拝するという行事があります。

    あ、でも、気さくな人さんの記憶が「冬」だと違うかも?
  • ちづ(ゆるーく活動中ナリヨ。)
    ◆しーたろ。さん、☆ありがとうございます^^
  • baron_papa
    今回の帰省では行けませんでした(T_T)
    昔従姉妹が先帝祭に出ました、確かメインの役だったなぁ
    俺は気にもしなかった…
    2009年9月26日 20:07 baron_papa (3)
  • ちづ(ゆるーく活動中ナリヨ。)
    ◆ぴくせる☆まりたんさん、コメントありがとうございます^^

    おぉ。予定通り9月に帰省してたのですね^^

    先帝祭のあの催し、子供にはまだ分かりませんよね。
    私も子供の頃は歴史に興味なかったですし^^;

    誰があの役をやるか。
    踊りの先生の関係者だったり、世襲制だったりと
    出れる人は決まってくるらしいという色々な噂は聞きますが、
    実際はどうなんでしょう?