東大寺大仏殿

東大寺大仏殿
天平(てんぴょう)13年(741)、聖武(しょうむ)天皇の勅願(ちょくがん)により、総国分寺(そうこくぶんじ)として建立。はじめは金鐘寺(こんしょうじ)と称していたが、のち金光明寺(きんこうみょうじ)(正式名称・金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら))と改める。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)4年(752)には大仏が開眼(かいげん)、国費の5分の1を費やし伽藍(がらん)を造営する。治承(じしょう)4年(1180)、平重衡(たいらのしげひら)の南都焼討ちによっておもな堂宇を失ったが、ただちに重源(ちょうげん)の勧進(かんじん)で復興。1567年、松永久秀の兵火で鎌倉時代のおもな伽藍を再び焼失、1692年になって竜松院公慶(りゅうしょういんこうけい)の勧進で現在の寺観を整えた。

東大寺では大仏創建に力のあった良弁、聖武天皇、行基、菩提僊那を「四聖(ししょう)」と呼んでいる。

コメント (0)

  • まだコメントはありません。