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塩竈:熱情あふれる治療家たち 災害鍼マプロ 4~5月

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Photos: 塩竈:熱情あふれる治療家たち 災害鍼マプロ 4~5月

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写真右端が藤本先生。桂島の連絡船乗り換え時。

災害鍼灸マッサージプロジェクト塩竈チーム 4~5月 

◆何よりも大切な士気と熱情

大切なのはチームの士気、士気と個人の熱情がすべての源泉です。
塩竈チームがまず感謝したいのは小河原先生。先発の小河原先生の交渉のおかげで浦戸諸島での活動ができるようになった。塩竃市の社協は島にはボランティアを送らない姿勢を続けている。
寒風沢島の惨状に心を痛めた高谷先生は多賀城の自衛隊の風呂(被災者、ボランティア向け)に来ていた人にも寒風沢島へのボランティアをすすめていた。高谷先生の意見を取り入れ、治療の手が空いたらガレキ撤去も手伝える人材をということで、寒風沢島へ送るメンバーは体格、年齢を考慮して決めた。高谷先生の熱情はチーム全体の士気も高めていた。自分が現地を離れる朝のミーティングにも参加。寒風沢島をよろしくと訴えていた。
広島県岩国市からポータブルベットまで持って単身、車で駆けつけた藤本先生は野々島での宿泊を志願した。5月2日頃になると島での滞在時間の短さがチームで問題となっていた。島の人が自宅のガレキ撤去の仕事を終え、避難所に戻ってくる頃にボランティアは連絡船で島を離れる。宿泊すればもっと多くの被災者の治療ができる。宿泊も追求してみようということになった。ただし疲労を考慮し一泊を限度とする。藤本先生はぼそっと「僕、泊まりたいんですが」と志願してきた。おとなしそうだが力を秘めた若い先生。結局、避難所側の意向で宿泊はなくなったが、藤本先生の熱意はぜひ伝えておきたい。
行政ルートよりも個人のつながりの方が役にたつこともある。塩竃に実家のある今野先生のつながりから消防署での活動ができた。じつは震災のために署長の移動が4月ではなく5月1日となっていた。連休時は責任所在があいまいで正規のルートでは連休中の消防署での治療は不可能だった。今野先生が積極的に動いてくれたおかげで、疲れた消防士さんを治療できた。
塩竃チームのメンバーは積極的だ。次々に意見を出し、関係筋と交渉し活動拠点を増やしていった。市立病院での治療展開は久保医師の交渉力によるものが大きい。連休時に大幅に増えたボランティアの先生方も適切に活動することができた。紹介しきれない多くの先生方の熱意がボランティア活動を支えている。

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